私について−二つの手紙より−(1996年7月)
 高川 憲之

その1

 最近は頻繁に東京を往復している。しかし、東京のみならず北は青森から南は宮崎まで仕事の話とあらば足を運んでいる日々だ。実質的に営業担当取締役であるので、会社の売上や利益に対する直接の責任者であるという自覚が自分をそう仕向けている。それでも苦痛ではない。色々な会社の色々な立場にある人々と会い、交渉することは一種のゲームのようであり大変面白い。また自分の啓発にも役立っているようだ。この半年で私は変わってきたと、周りから言われることがある。会社の人間にはいえないが、身分不相応な社会的地位が知らず知らず、そうさせているのだろう。渦中にあってはただ歯を食いしばって、もがいているだけだ。地位が人を変えるのか、人が変わり地位を得るのか。私は前者であり、考えてみれば後者が常識のように思えるが、往々にして前者である場合も多いのではないか。

 会社の人間は私に決断を求める。私はその人が報告する状況を信じ、決断をし、その結果に責任を持つ。部下は自分の都合のいいように報告を上司にすることが多い。それを鵜呑みにすると往々にして間違った決断を下すことになる。こういう場合、簡単に部下を責めることは出来ない。なぜならその人に都合のいい解釈ではあるが、虚偽の報告をなしたわけではない。それを見極めるのは上司の責任である。しかもその人が部下である以上、上司には信頼関係を結び円滑な業務運営を行う義務がある。そして部下への不満は自分の中に沈殿していく。たまに部下に苦言を呈したとしても、恨まれることもある。管理職は往々にして孤独感を味わう。それが上層になればなるほど孤独になっていく。兵士の体験談であるが、「戦場とは静寂であり孤独である」という。どんなに砲弾が炸裂し、阿鼻叫喚が響き渡ろうとも。死というものに極限で対峙する戦場とは趣を異にするが、ある種の極限状態にあるとき、そこに静寂と孤独が横たわっている。

 自分の中にはいくつかの人格があって、特に子供じみた人格(仮にA君とする)が私に強い影響力を持っている。たわいもない愚痴が彼から出てくる。ところが彼は話し相手がおらず、寂しい思いをしている。その他には優しいけど臆病者のB君、世の中が嫌いで意地悪で攻撃的なC君、自惚れが強く理論好きのD君がいる。幸いにして、私の多重人格は病的状況にまでは至らず、彼らが心の表層に現れるときうまくバランスが保たれている。世の中を自立して生きていくという目標に対してかろうじて彼らの協力関係が得られているのだ。大抵個人的に人に接しているときは、A君とB君が強く出ている。C君も出しゃばるがB君が彼を押さえてしまう。会社や公の場で人と接しているときは、C君とD君が強い。

 現実の社会で生きている確信は肉体よりもたらされる。その肉体なる仮宿に巣くう自己とは一体何だろうと、問いつめたときその自己が空中分解を始め、四散してしまう。誰が私なのだろう。ただ確実に訪れるのは、寂しさや孤独だ。その時、雲がやがて雨を落とすように、自己が凝集し、愚かなこの肉体をさめざめと濡らし尽くすのだ。

 対人関係はある意味で自分の鏡かもしれない。人は相手によって態度を変える。攻撃的な人には攻撃的に対応するし、優しい人には優しく対応する。周囲に優しい人が多い人は、きっとその人も優しい人なのだろう。さて、自分を振り返るとき困惑してしまう。私の周囲には一言で言えば個性的であるけれど、捉え様がない。多少なりと美化して表現すれば、浮遊するプランクトンが周囲と接触しながら、かといって深刻な影響を与え合うようでもなく、海流に流されて行く。定住はかなわず、行く先は知れず。

その2

 先日はわざわざ雑誌をお送りいただき誠にありがとうございました。またお礼のお手紙が遅れたことを心よりお詫びいたします。お送りいただいた「致知」という雑誌は、大変興味深く読ませていただきました。毎回ながらとてもユニークな発想の船井幸雄氏の記事や、中村久子女史についての対談など大変面白く読ませていただきました。「致知」には大変興味を抱いております。是非定期購読してみたいと考えています。

 これからは人間性の時代だと叫ばれてから、十年以上が経ち、その認識が世の中に定着しつつあるのが昨今かと思います。人の追い求めるものが、その精神や内面に向きつつあるのは事実でしょう。また私自身においても、そろそろ肉欲的な欲求から、精神的な欲求に向きつつある年代にあり、その実感というか、予感めいたものが日々の生活を通して感じられる今日この頃です。もっとも肉欲的な欲求は人一倍あるたちですから、少しは精神的なものが育まれてやっと人並みになったか・・・というところですが。あとで、大変思索的なことも述べますが、現実に生きる私は俗なる欲求の固まりであり、そこで悶々とする、はっきり言って馬鹿です。

 私は昨年10月に買収した会社の事業所長兼営業担当の取締役として抜てきされました。異例の人事であったようで、少なからず周囲に波紋がありました。自分でも身分不相応な感があり、年齢的にも若すぎると思いました。また期待される分の重圧もありました。赴任する事業所(会社)は見ず知らずの人ばかりで、しかも私はよそ者ですから、そこからのプレッシャーもありました。また私自身の気負いもありました。赴任当初は困惑と混乱の連続でした。私への批判や中傷も耳にしましたし、周囲に対する不信が判断を誤らせることも多々あった様な気がします。実際の所、今でも必死にもがいている毎日です。それでも、私自身が変わってきたとの声も聞かれるようになりました。少しずつでも、現実に鍛えられ成長しているのでしょうか。他人にそう指摘されるのはうれしいものです。与えられた地位が自分自身を引き上げてくれたという通常の逆を行く結果ですが、少しずつでも期待に応える方向で自分が働けているとすれば、感謝しなければならないことだと思っています。

 私は国際結婚をし、その際結婚のために(というか、結婚式のために)カトリックの洗礼を受けました。実は私の親友には曹洞宗の僧侶がおり、彼は私に般若心経を教えてくれました。アメリカに留学中、般若心経は私の心の支えになってくれたものです。その彼を裏切ってまで(実際彼はそう言った)カトリック信者になった私は、彼を裏切った分まじめに(もともと動機がまじめでないところに!)カトリックの教えに取り組まなければならなかったのです。しかし、その勉強は今の地位に非常に役立っています。カトリックの教えがどれだけ私を救ってくれているか知れません。これも奇妙な話です。成り行きで陥った環境が、うまい具合に私を変えてくれるのです。正直なところ、もしキリストが私の中になかったとしたら、私は今の重圧に押しつぶされていることでしょう。仕事はつらく苦しいものですが、私には安らぎがあります。そこで聖書の中で私の好きな箇所を紹介します。私はこれを手帳に書き写してあり、疲れたとき、気分の高ぶったときに眺めるようにしています。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人を妬みません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず。不正を喜ばずに真理を喜びます。愛は全てを我慢し、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」(1コリント13.4.7)

 私は今の事業所に赴任する際、社長に提言して、経営理念を打ち出しました。「感謝と貢献」という理念です。社長はこれに賛同して下さり、ご自分の信条でもあるという事から、現事業所の経営理念にこれが採用されました。社員が一人一人、日々関わり合いの中、社会にそしてお互いに、感謝の気持ちを持ち、貢献しようと行動する。そんな事が当たり前の会社にしたい。そんな会社を作ってみたいとの考えです。まるできれい事のように見えるかも知れませんが、繁栄する足腰の強い会社は、みな社会に対して、また従業員同士が感謝し、貢献している会社であることも事実です。むろん日々の業務は、そんなことを見失わせる事態の連続です。顧客の前では、苦し紛れの取り繕いと、はったり。部下を前にしては叱責と、疑心。それでも「感謝と貢献」を口にし、少しずつでも現状を変えようと自分から努力するならば、少なくとも事業所のトップがそのような態度を堅持し訴え続けるならば、必ず会社はよい方向に向かうものと信じています。

 もしそれで失敗したとしたら、それもそれで神の思し召しだと思います。かなりの罵倒を受けるかも知れませんが、信じたものに精魂を込めた結果であれば、私の心には充実したもので満たされるでしょう。私から車や庭を奪うでしょうが、私の信じ合える友や、愛を奪うことは決して出来ないからです。


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